加藤がく
決意表明

 2005年11月22日に民主党本部常任幹事会の決定をもって、次期衆議院議員選挙の長野5区の民主党候補者の公認をいただきました。前回の選挙で大敗を喫した民主党は、党の再生をかけて小選挙区で戦える選挙区と候補者を厳しく選別、その結果、第1陣の戦士として、私を含め全国で54人が公認内定を受けました。

 加藤がくは、小泉政権発足以来拡大する都会―地方間の収入格差や教育機会格差を食い止め、伊那谷で暮らす人たちが、伊那谷に誇りをもって子供たちを育んでいける社会を取り戻すために、田舎育ちの庶民の気持ちが理解できる者の一人として、その声を国政に届けていきたいという一心で立ち上がりました。

 今の政治はお金の論理だけが先行する政治になってしまいました。「官から民へ」という聞こえのいいスローガンも、「民」が示す意味は、「民衆」の「民」ではなく、「民間企業」の「民」に過ぎないということがはっきりわかってきました。「民間にできることは民間に」を合言葉によって、資本力のある強い大企業やマネーゲームに興じてテレビ局や球団の買収を試みる起業家を「勝ち組」として持ち上げる一方で、「自己責任」の名の下に、低所得層や高齢者、さらには障害者への負担を強化し、民衆の生活に負担を負わせています。

 「小さな政府」という概念は本来、公共サービスの質を落さずにいかに効率化するかということです。単に財政規模を小さくし民営化すればすべてが効率的になることはありません。サービスの種類によっては国に任せたほうが効率的な場合もあります。公共サービスの中身をしっかり吟味し、サービスの担い手を国、地方、または民間企業にどのように振り分ければ、最も効率的な政府運営ができるかを議論するのが重要なのですが、現政権は、題目のように「民営化」を唱えるだけの「民営化教」に妄信し、政府の役割をそぎ落とすことで、政府の責任をなるべく逃れようとしているのです。

 「民営化教」の論理は「淘汰」の論理です。競争によって強いものが生き残り、弱いものは死んでいく。そうした論理は企業の経済活動においては有効であっても、社会一般にあてはめることには無理があります。社会は多様です。体の強い人もいれば弱い人もいます。住んでいる場所も受けた教育も生活環境も、そして親から受け継いだ資産も人によって異なります。こうした競争の初期条件を無視して、「さあ競争だ、生き残れないのは自己責任だ」と言い切れるでしょうか。経済の論理を無理矢理に社会一般に当てはめると、社会は実に殺伐とした暖か味のないものとなってしまいます。

 だからこそ政治が必要なのです。しかし、ここで必要な政治の機能は、そうした競争を制限することでも、競争で生き残れない人を甘やかし救い上げることではありません。自由主義経済下での政治の役割は、誰もが同じ条件で競争に参加できるための環境を整えていくことにあります。ゴルフには誰もが楽しむことができるようにハンディキャップルールがあります。実力に応じて段々にハンディキャップをゼロに近づけていく。そのように政治の機能とは、初期段階ではレベルの格差があっても、できるだけ多くの人が競争に参加できるように条件を整え、その条件を透明で公正なルールで管理していくことにあるのです。生まれた環境や場所にその後の人生が規定されてしまわないために、全ての人がまず同じスタートラインに立てるようにすること。そして失敗しても何度も挑戦できる環境を整えることが必要です。政治の役割は、「淘汰」によって切り捨てるのではなく、より多くの人にチャンスを与え、多様な人々が競争社会にあっても「共生」できる環境を作ることなのです。

 現在進行する他者への思いやりの心を失った「淘汰の政治」によって、子供たちの手足には4つの大きな鉛の玉がくくりつけられてしまいました。

 1つ目は、親たちの世代が背負ってしまった国の借金1000兆円をひたすら返し、多くのお年寄りの年金を支えていかなくてはならないという負担。

 2つ目は、親たちがなりふり構わずに開発し汚してしまった地球環境の下、気候変動と新種の伝染病に怯えて暮らしていくという不安。

 3つ目は、国の教育政策の失政によって、公立学校の教育のカリキュラムにだけ頼っていただけでは、国際社会を勝ち抜いていけるだけの知識と教養を身につけることが困難になってしまっているというハンディ。

 そして4つ目は、親たちの怠慢によって戦後60年をたっても隣国との間できちんと戦後処理ができてないために、隣国と外交関係を未来志向的に発展させようとしても、なかなか乗り越えられない歴史問題という外交上の足かせ。

 これら4つの重荷によって、子供たちの未来への希望や大きなことに挑戦しようとする気持ちは削がれ、無気力でナイーブな子供たちが増える結果となってしまいました。

 それゆえ、私が目指す「共生の政治」とは、子供たちに課せられた負担を取り除き、絶望の淵から救い出す政治でなければなりません。それは、自然や他国の歴史・文化を敬う寛容の精神を培うとともに、あらゆる世襲や縁故主義を排し、教育機会、就労機会、事業参入機会を保障し、社会の健全な競争の土台に人々を確実に載せていく政治なのです。

 弱者・地方切り捨ての「淘汰の政治」によっては、伊那谷の未来に明るい展望は描けません。都市と地方、日本と隣国、お年寄りと子供たちがお互いにバランスの取れた負担と緊張関係をもって共存していける社会とはまさに、「誰もが挑戦できて、まじめさが報われる社会」です。伊那谷の子供たちが郷土を愛し、未来に大きな希望を抱くことができるために、加藤がくは、今ここに、新しい政治の狼煙を立ち上げ、次なる戦いに挑むことを宣言致します。

2005年11月23日
トップページ
お知らせ
決意表明
加藤がく BLOG
加藤がくの紹介
私のめざす政治
最近の活動
プレス民主号外
サポーター募集
ご意見・ご感想
加藤がく
民主党 長野県第5区総支部 〒395-0051 長野県飯田市高羽町3-4-6 TEL 0265-22-2480 FAX 0265-23-4498